悲しくなる
朝、目が覚めて充電し忘れた携帯のホーム画面を見る。
失ってから初めて気づくって言葉があるけど、これは優しい言い方だよね。
甘えるな、と先人たちは言いたいのでしょう。
親しい人を失うことを想像すると人は優しくなれるのだろうか。
優しいの定義は曖昧だけど、
「自分にとって都合が良いことをされる」と優しいと感じるならば、
自分がそれを与えてあげればいいだけの話で、定義とかは別にいらない。
僕が思うに、優しいってのはその人のためにどれだけ本気になれるかってことです。
だから、怒るという行為こそが最も優しい。
怒るというより叱るに近い。
両者とも「別にやりたくない」し、「めっちゃ疲れる」し、「嫌われるかもしれない」のだ。
それを進んでしてくれる人が身近にいるのなら、そいつはお前のことがめっちゃ好きだ。
朝っぱらから重たいですね。
なぜこんな胃もたれ文章を書いたのかと言うと、
悲しくなったからだ。
失われる恐れのないものなんてない。
でも全部に本気で向き合っていたら、どうにかなってしまう。
なにを選ぶかより、なにを捨てるか、等閑にするか。
最後に、捨てることが苦手な方に助言です。
好きにもレベルがあるはずです。
最高の好きレベルで満たされたくね?
中途半端な好きは、本当に好きなものを傷つけます。
アブナイよ!